こんにちは、ライターの松尾友喜と申します。この夏、思い切って申し込んだIt's me!の体験記を綴らせていただきます。
コロナ禍で大好きな仕事をやめてから、前向きになれずにいました。大切なものが自分の中からなくなり、空っぽになって、何をする気力も湧いてこない日々でした。
それまでの私は、文章を書いて生きていこうと心に決めていました。夢をかたちにしたくて、地元のタウン誌の編集部で経験を積み、独立して東京へ。出版社に営業して回り、パン、食、暮らし、ローカルなどの記事を中心に、少しずつ自分の名前で文章を書けるようになっていきました。実際に見て素敵だと思ったものごとを、熱量を込めて伝えられるこの仕事が、私は本当に好きでした。
そんなふうに必死に実績を積み上げていたとき、コロナ禍になりました。緊急事態宣言が何度も発令され、仕事の少ない期間が長引く中で、私なりにたくさんもがきました。けれど、しだいにどれほど頑張っても暗闇から抜け出せないように思えて、「もう書けない」と逃げるように転職しました。
「文章を書いて生きていけなかった」という事実は、心に暗く影を落としました。自信をなくし、なかなか前を向けなくなりました。けれど不思議なもので、時間の流れとともに少しずつ気持ちの整理はついていくもの。転職して2年が経った頃、わずかに「もう一度、書きたい」という気持ちが自分の中に芽生えていました。
It’s me!を利用したいと思ったのは、そんなタイミング。実は、フリーランスで活動していたときから、私は七緒さんのファンでした。直接の面識はなかったけれど、七緒さんの写真と文に魅せられ、日々のさまざまな発信が私の希望になっていました。だから、もう一度立ち上がり、前に進む勇気がほしくて、It’s me!の「写真と対話」に申し込むことにしたのです。
It’s me!をとおして、とことん自分と向き合ってみようと思っていました。申し込み後、七緒さんとメールでやり取りする中で、対話や撮影に向けておすすめされたのがジャーナリング。私は、自分の考えや気持ちを紙に書き出していきました。
1回目の対話は、オンライン。直前まで、「ちゃんと話せるのだろうか?」という不安がありました。コロナ禍でのつらかったことや、どうして大好きなライターの仕事をやめてしまったのかを誰かに話すのは、とても怖かったのです。でも、対話がはじまると七緒さんのやわらかな表情と言葉が画面越しに伝わってきて、緊張がほぐれ、しだいに不安も消えていきました。そして、いつの間にか、人には話さないようにしていた気持ちを打ち明けていました。
私がライターをやめたのは、コロナ禍だけのせいではなかった。好きを仕事にする大変さ、理想と現実の違い、自分の限界が痛いくらいにわかってしまったこと…。理由は自分の中に、いくつもありました。それを聞いてもらえたことで、すっと気持ちが軽くなっていきました。
七緒さんはいくつもの質問を私に投げかけてくれましたが、どの質問にも、うまく答えられたわけではありません。「どうして書くことにこだわるのでしょうか?」と聞かれたときは、自分でもわからなかった。けれど、わからないからこそ、もっと心の奥深くに目を向けたいと思えました。
後日、七緒さんから撮影場所のご提案が届きました。そこには、対話を踏まえてつけてくれたキャッチフレーズ「今の場所、今の私で、書いていく」が添えられていました。ああ、そうか。私はこうなりたいんだ。その言葉がすとんと胸に落ちていきました。
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